令和3年度賛助会員向け進呈作品
池田和宏さんインタビュー(第11回アダチUKIYOE大賞 大賞)

UKIYOE大賞
私どもの財団の活動をご支援いただいている賛助会員の方に年一回、活動の成果として配付させていただいております進呈作品。令和3年度は、第11回アダチUKIYOE大賞で大賞を受賞された池田和宏さんの「Astro Girl」と優秀賞を受賞された諸星朋子さんの「金魚すくい」を木版画として完成させ、進呈作品としてご案内いたしました。いずれも会員の方から高い評価をいただき、この作品をきっかけにご入会いただいた方も多くいらっしゃいました。

今回、木版画が完成に至るまでのお話しを各受賞者の方にうかがいました。まずは、大賞を受賞された池田和宏さんの作品「Astro Girl」について、制作に携わった職人のコメントも合わせて、ご紹介いたします。
完成した木版画作品 池田和宏「Astro Girl」

池田さんは、イラストレーターとして、さまざまな商業イラストに携わる傍ら、アート作品も精力的に制作されています。今回は、応募いただいたポートフォリオの中でも審査員の先生方からの評価も高かった作品を題材として、木版画にさせていただきました。日本画的な要素と、近未来フィクションの要素を融合させる斬新な発想で描かれた「Astro Girl」は、画題の面白さはもちろん、凸版印刷である木版で制作することにより、高い画力に裏づけられた描線の美しさが際立つ作品となりました。 まず、どのような経緯でアダチUKIYOE大賞へご応募いただいたのかうかがいました。


応募~受賞まで
Q. ご応募いただいたきっかけは?
友人に勧められたことをきっかけに、気楽に応募いたしました。僕が以前から日本画風の作品を制作していることを知っていた友人が、ある公募雑誌で‟アダチUKIYOE大賞”を見つけてくれ、募集テーマに僕の作品が相応しいのではないかと、声をかけてくれました。


Q. 応募の際、特に気をつけられたことはありますか?
応募にあたって、特に気をつけたことはありませんが、応募票に日頃の活動や日本画への関心などを綴っていましたらスペースいっぱいになりました。日本画の特徴のひとつとして線での描写がありますが、線画への意識を再確認した機会になりました。

池田さんが実際用意されたポートフォリオ
 
Q. 受賞の時のお気持ちはいかがでしたか?

応募の時から、呑気に構えておりましたので、大賞受賞の連絡をいただいた時には、びっくりしました。毎年おこなわれていた授賞式も楽しみにしておりましたが、コロナ禍ということで中止となってしまったことは残念に思いました。
   
制作~完成まで
池田さんのおっしゃる通り、2020年1月末の審査直後コロナウイルス感染症が拡大し、緊急事態宣言が発令されたことから、残念ながら、授賞式、そして木版画制作の打合せも直接お会いして実施することが出来ませんでした。木版画の制作については、ポートフォリオの中から特に審査員の先生方からも評価の高かった「Astro Girl」を選ばせていただき、オンライン等での打合せを踏まえ、木版画の制作をさせていただきました。

今回、木版画として魅力ある作品に仕上げるために、どんな点に気をつけて制作したかを、担当した彫師の長谷川と摺師の長沼に話を聞いてみました。


Q. 彫る時に、工夫したところや気をつけた点はありましたか?
彫師 長谷川:

池田さんの作品は、顔や体の輪郭や宇宙服のシワなど線に強弱をつけながら、緻密な筆遣いで描かれていました。その特徴を出すため、アウトラインを人物と宇宙服のシワとに分けて彫りました。板を分けて、線の色に濃淡をつくることでより立体感が出るようにしました。浮世絵の美人画などもそうですが、人物の表情を決める目元の彫は難しかったです。微笑んでいる目の雰囲気が出るように気をつけて彫りました。

アウトラインを彫った版木、宇宙服のシワの部分の線を彫った版木

彫師長谷川の彫の様子


Q. 線が2つに分かれていましたが、摺師としては、どうでしたか?
彫師 長沼:

はい。板が2つに分かれていたので、墨でも濃淡の変化をつけるようにしました。ただ、ちょっとした色のバランスで絵が変わってしまうので、その部分は気をつけて摺りました。

試作の状態の作品の様子


Q. その他、摺の作業を進めていく中で、気をつけた点はありましたか?
彫師 長沼:

まず、背景の色です。宇宙服を着た女性の凛とした姿に視点が集中するように、背景は大変シンプルに描かれています。木版画のフラットな面で、どんな色であれば人物が前に出るか作家の方のご意向をうかがいながら色を決めるまで、試行錯誤しました。 また、彫師の長谷川さん同様、女性の表情を決める目を始め顔の部分は、特に注意をしながら摺りました。色のバランスは苦労したところですね。

摺師長沼の摺の様子


特に顔の部分については、原画はとても写実的に描かれているため、木版画としてどこまで表現できるかという部分は、彫師・摺師にとっても挑戦でした。

Q. 池田さん、今回、完成した木版画をご覧になっていかがでしたでしょうか?

まず、いろいろな方に携わっていただき浮世絵として仕上げていただいたことに、この場をお借りしてお礼申し上げます。完成が年末だったこともあり、個人的には新年を迎えるに相応しい明るいニュースになりました。別の表現技法で観る自分の作品は客観視できて少し気恥ずかしいですが、言い換えればぼくの手を離れた別の作品を観ているようです。あらためて、単なる”下絵の再現”にとどまらない作品に仕上げていただき感謝申し上げます。

さらに、池田さんから今回の作品制作を通して、彫、摺について個々にコメントをいただきました。

彫について

原画が縦約90センチと大きいので、サイズを縮小して細かい線をどのくらい再現していただけるのかたいへん興味深かったです。輪郭の線と陰影やパーツごとの線が混在していましたが、微細な彫りもさることながら見事なバランスで版を分けていただきました。

摺について
試し刷りの段階で濃淡の違いなど数パターン送っていただきましたが、いずれも甲乙つけがたい仕上がりでした。むしろ摺師の方に決めていただいた方が版画の特性を活かしたものになるのではと思ったほどです。

池田さんにご覧いただいた色味の異なる校正作品


Q. 今後の活動の中で木版という表現方法についてどう考えていますか?
以前から印刷されたモノに興味がありました。その惹きつける魅力がフラットな描画なのかデザイン性なのか未だ判然としませんが、もしかしたら”日本人だから”と言われれば腑に落ちることなのかもしれません。他に例を見ない日本独自の表現である浮世絵は、まさに”浮世=現世”を映し出すメディアとして現代アート足り得るものだと思います。先人たちの遺した作品を愛し、これからも浮世絵の知識を深めていきたいと思います。

現代的なモチーフをシンプルな構図や色で描いた本作品「Astro Girl」は、江戸時代、浮世絵に求められた画題の「現代性」と「省略」された表現が兼ね備えられていて、まさに私たち財団が求める‟現代の浮世絵“にふさわしい作品となりました。絵師に求められた素養を踏襲し、現在イラストレーターとして活躍されている池田さんだからこそ生み出すことができたのではないでしょうか。

そして、彫師、摺師のコラボレーションによって、肉筆とは異なる新しい表現となった「Astro Girl」は、私どもが継承に努める伝統木版技術に、”浮世=現世”を映し出すメディアとしての可能性を感じさせてくれた作品となりました。

 
池田和宏さんの木版画「Astro Girl」は、当財団の賛助会員(年会費2万円)にお申し込みいただいた方に、進呈させていただいております。>>賛助会員のご案内
 
池田和宏 略歴
埼玉県生まれ。2014年よりイラストレーターとして活動。
さまざまな商業イラストに携わる傍ら、アート作品も制作している。
<主な展示>
2014年:らくがき展(宮崎市)、現代の若手作家展(日南市)
2017年:ドローイング展 SFファンタジーと女の子(調布市)
2018年:池田和宏イラストレーション展Vol.1(宮崎市)
2019年:Art Box 01 池田和宏イラストレーション展(宮崎市)幻獣神話展Ⅵ(千代田区)
2020年:銀座ねこ集会展Ⅳ(千代田区)、銀座動物園Ⅰ(千代田区)
2021年:クリエーターズエコバッグスペシャルエディション(豊島区)、銀座動物園Ⅱ(千代田区)、
     TRIAD3人展(渋谷区)
など
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